『はじめの一歩』 〜携行食・お米のはなし〜 写真・文/真桑 瓜
野外で、自然の中で、一日あるいはそれ以上活動するとき、なんらかの食料を持ち歩くことが必要となる。つまり、お弁当の話である。
気軽に持ち歩けるお弁当といえば、まずあげたいのが「おむすび」。「握り飯、御結=おむすび、あるいは御握=おにぎり」つまり、ご飯を丸めたものという定義が、何時頃どこで生まれたか定かではないが、日本人がお米を食べ始め、お米とつき合いだしてから2,000年以上もの年月を経ている訳で、その間にご飯を携行するため必然的に生まれたのは確かであろう。ところで「おむすび」であるが、古くは男が言うところの「握り飯」、女性が言うと「おむすび」。俵型、三角型、丸型、かたちも様々あるが、昔は塩を手につけて丸めた中心に、梅干しや紫蘇漬などを保存や風味付けの為に入れたのが始まりとか。今では、塩鮭、タラコにはじまり、佃煮やシラス干はもとより、卵焼きから納豆、焼き肉やシーチキンまで、オカズと思われるものなら何でもアリ、となってしまったのである。
小さい俵型の握り飯に黒ゴマをふったものを「幕の内」というが、これは今で言うところの幕の内弁当の始まりとされる。もともとは、江戸時代に役者が楽屋で食べた弁当を、客が見習って一般化したものとされている。俵型の握り飯に卵焼き、かまぼこ、焼きイカ、魚の照り焼きなど汁気の少ない副食を添えた物を言う。ただし、これらの弁当を夏の暑い時にそのまま持ち歩くことは、それなりの危険が伴う。つまり、せっかく用意した弁当が、暑さと湿気の為に傷んでしまうからである。先にもあげたように、保存の為に梅干しや紫蘇漬を中に入れる理由として、これらには腐敗を遅らせる働きがあるようである。やはり中にタンパク質類などが入っていると腐敗しやすいのである。さらに、水分も物を腐敗させる要因のひとつで、水分が全くない状態では腐敗はしないのである。しかし、これでは食べにくいうえ弁当にはならない。なんだか、食の話がわき道へそれてしまった。
野外での活動に携行する食料を大きく三つに分けると、一つは、チョコレート、クッキー、ナッツ類などといった糖類と脂肪などを、行動中に適度に補給するための行動食。
二つ目は、昼食などの為に用意してすぐに食べられる、いわゆる弁当。
三つ目は、活動の間に宿泊などが加わり、そこで料理をするための食料となる。ここで話がはじめに戻るのであるが、お米を携行食としてみると、まず、「おにぎり」つぎに、その原料であるところの「お米」さらにはお米が変化した「お餅」である。変化したものというのもおかしな言い方であるが、お餅を始めて見た外国人はこれが米、ライスから出来てると言っても信じられないそうである。
おなじお米と言っても餅米は種類が違って、北海道のように気温の低いところでも栽培しやすいのが餅米なのである。
このお餅も昨今、正月を除いてあまり登場する機会がないようだが、お餅というのは立派な携行食である。近頃は、1個づつ真空パックされた状態で売っているのもあるのだから、2個、3個とその時に合わせて少しづつ持っていける上、調理と言ってもそのまま焚き火の熾きであぶってもいいし、また湯の中で温めてもいただける。ということは、スープや味噌汁の中に具としてそのまま入れるだけでよいのである。餅1枚がご飯にしておよそ2膳、炭水化物つまり糖質がほとんどであるから、簡単に調理ができ、比較的消化も早い。などなど携行食としてはなかなかの優れものなのである。お米、餅、ともに先程あげた腐敗の心配は少ない。真空パックの切り餅などまず心配はない。一人で2、3泊の釣行へ出かけるとき、ザックの下に玄米餅のパックを2、3個しのばせておくことを、わしは忘れない。いわゆる非常用携行食である。握り飯の話がいつのまにか餅になってしまったが、今回はわしら日本人に合った携行食料の一つが、素朴な握り飯であり、餅だったのだ、という話であった。
『はじめの一歩』 〜短い夏よ、野宿篇〜 写真・文/真桑 瓜
夏は当然、やっぱり、だんぜん暑い方がいい。夏は夏らしく。冬は冬らしく寒い方がいいにきまっている。「北海道の短い夏」というのも1,500メートルあたりを越える山やカルデラ湖の畔などへ行くと実感できる。7月の中旬を過ぎる頃、尾根から見渡すと短い夏をいっせいに咲き競う花々であたり一面がお花畑となる。それが、ひと月もすると、山々にはもう秋風が吹き始め、生き物たちは来るべき冬の準備に入るのである。そんな短い北海道の夏。野宿が心地よいのは、そんな頃である。広辞苑をひらくと「野に宿ること。野外で夜を明かすこと。露宿とも言う」とある。野宿とは「天幕」天に幕するものもなく、野に宿ることであるから、当然テントもシュラフも、もちろんタープなんてものも一切ないのである。せいぜいポンチョなどの雨具を露よけにかける位である。露宿とは良く言ったものである。露に宿すのであるから、朝露に濡れて宿るのである。
7月最後の金曜日。明日から久々の土日休みである。今週は、思い切って足をのばし一気に200kmほどポンコツ車を走らせた。途中幾度かボンネットを開け、とある道南の川についた。遠く水の落ち込む音が聞こえる。数百メートル上流にきっと堰堤でもあるのだ。河原に下りて流れに手を浸す、上流に高い山をひかえてるせいか水はまだ冷たい。広い河原に手ごろな野営地を決めこみ、デイバックに握り飯と水筒を詰め込んで上流を釣りのぼった、日が落ちてしまうのを気にしつつ野営地に戻った。釣果は尺をきる手ごろなエゾイワナ2匹である。晩のおかずには丁度いいか。さっそく河原に大きな石をよせてカマドをつくり、流木を集めて焚き火である。日が落ちるとあたりは急に涼しくなる。河原を吹き下ろすヤマセが心地よい。十分乾いた流木が、勢い良くバチバチと燃える。料理にはたっぷりの熾きが必要である。しばらくはどんどん燃やす。河原の流木は探し歩かなくても一晩分たっぷりある。このたっぷりというのが重要である。暗くなってから、ウロウロたきぎ拾いというのはみじめなものである。そろそろ火床に熾きがたまった。さきほどワタを抜いたイワナを枝に刺し、粗塩をふって遠火にかざす。米を炊くコッヘルにのせた石ころが、ゴトゴトと夕飯時を知らせ、炊きあがった飯のいい匂いが漂ってきた。コッヘルを逆さにしてしばらく蒸らすことにしよう。飯が蒸れるのを待つあいだ、ザックからスキットルを取りだしイワナを肴に晩酌とシャレこもう。ボッボッ、ボッボッ、とツツドリの声を聞きながら細やかな晩餐のはじまりである。飯が炊きあがるころには、ひんやりとした川風が、陽に焼けウィスキーに火照ったからだに心地よい。今更テントを立てるのもおっくうだし、と寝袋をひっぱり出して潜り込む。ほどよい石が背骨のあたりにくるように「へ」の字型の地面がくるまで背中でずって移動する。すっかり火床も白むころ、満天の星に包まれ、遠く近く絶え間のない水音が、快い眠りへいざなう河原の宵であった。
『どこでも野遊び』〜セルビンと川エビ〜 写真・文/真桑 瓜
屯田あたりで発寒川にそそぎ、川エビからコイまでがいる農業用水路
「セルビン」この言葉をきいたのは、今から二十数年前、東京は下町上野界隈で生まれ育った友人のひとりで、子どもの頃によくやった魚取りの話しを聞いた時だった。飲料水のかなりの数がペットボトルに入って売られている昨今では、空のビン=ボトルを手に入れるのは訳もない話だが、当時ペットボトルなどというものがあるはずもなく、ビンといえばガラスビンに決まっていた。しかし、川で小魚を捕る道具にガラスは相応しくない。これは、当然、割れやすいからである。薄らいだ記憶だが、当時のセルビンは、下町の雑貨屋などで麦わら帽子などと一緒に売られていたセルロイドのビンである。セルロイド、ん〜、記憶を目覚めさせる響きである。話し出すと長くなるのでやめるとしよう。さて、今回の話はこのセルビンなるものを自作して川で小魚などを捕獲しようというものである。先ほども話したように、今やペットボトルはどこでも簡単に手に入るので、まず、1.5リットルから2リットルほどの円筒型で、取手などのついてないモノを用意する。これと、キリまたは、千枚通し、適当な太さのヒモ3、4メートル、クラフトナイフなどをご用意願いたい。今日は、手元にあったカルピスウォーター1.5リットル入りのペットボトルを使った。このボトルは、色が透明なグリーンであり、いかにもセルビンっぽいのである。
まず、口から7,8センチ下のところから切り離し、それを逆さまにつけるのである。これで、ほとんどセルビンの格好である。
次に、ボトルの底の部分にキリなどで穴をたくさん開ける。底に近い側面にも穴を開ける。これは、沈めやすくするためとエサの臭いで獲物を集めるためである。
次に、逆さまにして取り付けた上端の部分に4カ所ほど穴を通し、ヒモで縛っておく。次に4本のヒモのうち1本は3、4メートルほどの長さにしておく。これは、セルビンを沈めておくときに靄っておくヒモである。これでほぼ完成であるが、忘れずにボトルの口、つまり栓を取っておいていただきたい。獲物が入ることができないからである。
あとは、獲物をおびき寄せるためのエサであるが、これは、狙う獲物によって若干変わるのである。小魚狙いであれば、うどん粉を練ったものでも十分であるが、釣りエサのサナギ粉などを少し混ぜるとより効果的である。あるいは、魚のアラやイカのゴロなどは川エビ狙いには効果的である。クーラーにエサを入れセルビンを持っていざ出陣である。果たして、狙いどおり獲物はゲットできるか。最後に、狙う場所であるが当然小魚などの生息する小川でなければならない。
近頃は、そういった小川がめっきり少なくなってしまった。どちらかというと上流よりも川岸にアシなどが茂る下流域で、そこに流れ込む用水路などが 狙い目である。私が行くのは、北区は発寒川に注ぐ農業用水路である。この用水路は、両岸が護岸されているが夏を過ぎると菱の花が咲き誇り一面を埋め尽くす水路である。護岸のため景観的には好ましくないが、本流からコイやフナが入ってきたり、川エビやモロコ、ヤチウグイなどが棲む比較的豊かな川である。
次に、セルビンの仕掛け時であるが、早朝仕掛けて夕方上げるか、夕方仕掛けて朝方上げるかである。これは、圧倒的に後者である。特に川エビなどは、夜活発に行動するようであり収穫に適している。透明なセルビンの中で、透明な川エビがお腹のあたりのエラをゆらゆらさせ、細長い両の手をかざして動き回る姿は、なかなか見飽きないものである。もちろん、大漁のときは茹でて食すのである。

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